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             やつらの平穏な日常



                           権兵衛党



「はーい、今日のは明日テストに出るからねー」
「「ええっ!?」」
「あ、言ってなかったっけ。明日テストするからー」
「「どえええええっ!?」」

 どよめく教室のまん前で、先生は心底ニッコリと微笑んで言ってのけたのだった。
 しれっと。


                       







 /卯波

「はい、じゃあ今日はここまでねー」

 聞き慣れたチャイムの音と共に、退屈な授業も終わった。
 うら若い英語教師の背中でピコピコ揺れる金髪が教室を出て行くのを横目で見ながら、
広げた教科書ノートその他をしまいこむ。これで本日の授業はおしまい。
 机の上が片付けば次は黒板を綺麗にする。本日の日直欄に『高田卯波』と私の名前が
記してあるからには、やむをえない作業というものである。
 散乱している色とりどりのチョークをチョーク入れにまとめて叩き込み、真っ白に
なっている黒板消しをクリーナーにかける。ウイーンと唸りを上げて、ずぞぞぞっと粉を
吸い込むクリーナーの上で二度三度黒板消しを滑らすと、みるみる……むう、やっぱり
汚いけど……まあいいか。新品同様とは決して言えないけれど、まあまあ許せる程度の
汚さにはなった。
 チョーク塗れの黒板を同じくチョーク塗れの黒板消しで拭えば如何なるかなど、
言うまでもないというもの。特に、白一色ではなく色彩感覚豊かなチョークの使い手に
よる授業の後なんかだったりすると、そりゃあもう一種サイケデリックな様相を呈して
しまったりするのである。
 であるというのに。
 男子の幾人かは無精なのか、無神経を極めているのか、黒板をカラフルな粉塗れにして
不必要な前衛芸術もどきを作成してくれやがる事が割としばしば。正直そんな黒板を見る
のは不愉快指数の増加に繋がるので、精神的に大変よろしくない。委員長権限で何とか
できないものかしらね、連中を。
 ……なんて無駄な思案は切り上げてっと。
 さて比較的綺麗になった黒板消しで、流暢に書かれた英文を端から消し――

「あーっ! ちょ、ちょっと。ちょっとだけ待ってくれ委員長っ!」

 ――て行こうとした矢先、ちょっと待ったコールが掛かったのだけど。
 声の調子はわりと必死。
 きっと授業の終わり際になってからアティ先生が、今日のは明日テストに出るからねー、
とにこやかに告げて行った所為だろう。一斉に悲鳴を上げる生徒の群れを見回す先生の
大変生き生きとした表情を思い返すに、あの先生もたいそうステキ人格をしているとは
思うけれど。
 でもね?

「最初からノート取ってないのが悪いのよ、っと」
「ぎゃああああああっ!!?」

 黒板消しが英文を大胆に抹消すると、高々と悲鳴が上がった。
 構わずさっさと全ての英文を削除して、そして手に付いたチョーク粉を払いながら振り
返る。
 案の定、ムンクの叫びの様な顔をしている馬鹿が一匹。

「……セーフ」

 そして、間一髪間に合ったらしくホッと安堵の吐息を吐いているのが一人。
 うんうん後のみんなはちゃんと真面目にノートを取っていたようね、と委員長としての
満足を覚えていると。

「ひでえっ! 少しくらい待ってくれてもいいじゃねえよ!」

 と噛み付いてくる種族:珍獣・性格:愚鈍×1。
 もちろん先ほどノートを取り損ねて悲鳴を上げた、馬鹿こと早乙女隼馬である。
 ちなみに辛うじて間に合って安堵していたのが、その友人の草刈大仁。二人セットで
凸凹コンビ。
 まあ草刈の方は今は置くとして。

「自業自得。いつもちゃんとノート取ってないから、そうなるのよ」
「グッ……」

 眼鏡の中ほどを指で押し上げつつ、冷ややかに見据えてあげると、正論だけに言葉に
詰まる様子。
 しかし、怯んだのもつかの間。再度喚く早乙女。

「で、でも俺、これ以上成績が下がると――」
「今以上、下がり様がないでしょ、あんた」

 早乙女隼馬、完全に沈黙。
 ――ふっ、勝った。
 机に沈んだ早乙女を余所に、小さな優越感に浸る私だった。
 まあしかし、世の中には奇特な人物もいる訳で。

「あー落ち着け。俺のノート見せてやるから」

 そう言って、そっと英語のノートを差し出すヤツもいたりする。
 こちらは黒板を写すことに成功した草刈。
 むう、相変わらず人が良すぎるのよね。そんなだから「頼むぜー草刈ダイジン」なんて
炎天下に草むしり押し付けられたりするのよ。
 ちなみに、押し付けたヤツは相応の報いを受けさせた。委員長的に。それはさておき。
 たちまち生気を取り戻した早乙女は、間の机を跳び越してそちらに駆け寄った。

「おおっカリー、心の友よっ! 正に親友!」
「誰がカリーだ」

 微妙に迷惑気な草刈に構わず、目を輝かせてその手をガシッと握る早乙女。

「俺たちの友情パワーは例えるなら、そう――」

 一拍の間。
 二拍、三拍。そして沈黙。
 どうやらとっさに思いつかなかったらしい。
 つい惰性でその寸劇を見守る私とクラスのみんな。
 その注目の真ん中でしばし考え。
 そして、早乙女は告げた。

「……ビッグ・ボンバーズ?」
「「「弱えーよ!!」」」

 瞬間、周囲からビシスと一斉に突っ込まれる早乙女である。
 いえ私はその『びっぐぼんばーず』とやらが何の事やら分らないのだけれども。
 み、みんな理解してるのかしら、周囲の反応を見るに。え? 私、何かに乗り遅れた?
 そんな周囲の反応を窺って更に首を捻った早乙女は、元気良く訂正した。

「じゃあ、モスト・デンジャラスコンビで!」
「せめて四次元殺法コンビにしてくれ……」

 草刈はなんかぐったりしてた。
 話の肝がよく判らないので何となく面白くなく、ざわざわしている教室の中から親友を
探してみる。
 南波なら、南波ならきっと私と同じく困惑を顔に浮かべて……

「あっはっは。草刈君、それ片方は悪魔超人だよー」

 ……ないよ。いつもの垂れ目の子犬みたいな顔で普通に突っ込んでるよ。
 ブルータスお前もか、クラスで私だけみたいだよ分ってないの。疎外感がひしひしと……
は、どうでもいいけどさ。

「ともかく解決したのね? 早乙女君は次からちゃんとノートを取りなさいよ」
「うーい」

 後の実効性を感じさせない返事を聞き流しつつ、時計を見やる。
 担任が来るまでにはもう少しありそうだけど。
 ふむ。

「そういえば早乙女君」
「んん?」

 借り受けたノートを早速開きかけていた早乙女と、それを覗き込んでいた草刈が同時に
顔を上げる。
 開かれた二つのノートを見比べれば、遠目にでも脳みその性能差が理解できるのよねえ、
この二人。いや、字の汚さとかは置いても。どうして親友やってるのか傍目からは
ちょっと不可解なのだけれども、そこはそれ。
 きっと他人からは窺い知れない繋がりがあるのだろう。
 凸凹コンビ改め、四次元殺法コンビとやらの絆が。
 ま、それはいいのよ。

「昨日の日直で黒板消した時、黒板を前衛芸術チックにしてたでしょう。アレやめてよね」

 そうなのである。
 前述の汚い黒板消しそのまま使用事件のA級戦犯、もとい主犯はこの早乙女なのである。
その点、草刈は性分が律儀なのかマメなのかそれとも私と同じくそういう汚れが気になる
性質なのか、しっかりと綺麗にしてくれるのだけれども。
 昨日は特に酷く、我慢が出来なかったので後で私がやり直した。その余計な苦労を
分ってもらいたい所なのだけど。
 しかし告げられた当人はといえば。

「あ、やっぱり思う? いやアレほんと前衛的になったよなー、アートってヤツ?」

 と目の前のノートも投げ出して、得意気に胸を張る始末である。隣の草刈が、止せ、と
手を振っているのにも気づかない。
 あんた、注意されてるの本当に分ってんの?
 と言うか。

「……アレ、ひょっとしてワザとなの?」
「おう! いい模様になったから、芸術的に仕上げて見た。いや、大変だったんだぞ? 
黒板消しにあえてチョークの粉を塗りたくって――」
「あ、あんたアホかああああっ!?」

 クラリと眩暈がしたのは気のせいではあるまい。
 昨日の授業終了後の黒板を思い出してしまったからだ。
 ああ、蘇るあの赤と黄色と白と青でサイケデリックに彩られた、ラブクラフトであれば
名状しがたきモノが灰色の脳細胞を侵食していくと叫ぶであろう、黒板消しののたくった
跡。あんなモノを作るヤツは天才か大馬鹿かのどっちかだ。
 そしていずれにせよ。

「――黒板を綺麗にするという、日直の義務を怠った事は許しがたい」

 告げた瞬間。
 和やかな教室の空気に電流走る、様な緊張感を孕んだものへと変わる。
 そう、強いて言うのなら。ザワザワから、ざわ…ざわ…という雰囲気?

「あ、卯波ちゃんが本気モードだ」
「うお、落ち着け高田。そんな些細な事で……」

 ボソッと呟く南波。あと草刈から腰の引けた制止が届くのだけど。
 いえ、私だってこんな些細な事を荒げたくは無いのよ? でもね?

「斬新だったよなあ! 黄色と赤のバランスが愉快で思わず隅から隅まで埋めちまったぜ!  
ふははは、思い出したら み・な・ぎ・っ・て・き・た! ねえ、俺、天才? 天才?」

 相手が馬鹿だから仕方ないの。
 馬鹿は死ななきゃ治らないの。
 というか少しは空気読めバカ。
 ノタマイ叫ぶ馬鹿、お腹を抱えて笑い転げる南波、あちゃーと頭を抱える草刈、そして
今にも唇を歪めて「駄目だこりゃ」と言いたそうな表情のクラスの皆。ステキな我が組の
風景である。いっそ泣きたい。
 そして何やら一人で盛り上がっていた早乙女は唐突に、冷ややかを通り越した目で
見ている私の方へと向き直った。
 たった今、口を開こうとしていた私へと。

「で、許しがたかったらどうするんだ委員長?」
「え?」

 ――しまった。
 ええと?
 えと、どうしよう?
 実は何も考えてなかったので、ちょっと動揺する。
 でも戸惑う私をさも得意げに見ている早乙女を見れば、このまま引き下がるのは腹正し
い。何か言ってやらねば、と思うのだけど。
 ええと。ええと。

「……い、委員長権限で……」
「委員長権限で?」

 お、思いつかない。
 えーと、えーと。
 こういう時には……
 その時、脳裏を過ぎった言葉は。

「…………打ち首獄門。余の者、終生遠島を申し付ける」

 ……………………
 ……………………
 ……………………
 ……マテ、私。何故お奉行。
 シーンと静まり返った教室の中で、私に微妙な視線が集まっていた。
 ああああ、間違えた。やはり昨日見た名奉行、遠山某の再放送が悪かったかっ。
 自分の頭悪い言動に内心頭を抱える私。明らかに委員長権限とかじゃないしっ。
 でも、某名奉行って毎回申し渡す裁きって同じよねー、と現実逃避したりなんかして。
 しかし、現実は待ってはくれない。ここは……ここは、押し切るしか!
 一縷の望みをかけて南波と草刈に視線を送ると、二人とも苦笑しつつ頷いてくれる。
 よし。

「引ったてい!」
「はーい。さ、いこっかー」
「神妙にしろよー」
「え? お、おい?」

 固まっている早乙女の両脇を南波と草刈がガッシと掴み、早乙女はそのままずるずると
教室外へと引きずられて行った。どっかの宇宙人みたいに。
 三人が扉から出て行く直前少しだけと草刈と視線が合い、彼は私に向けてニッと笑って
そのまま早乙女を引きずって教室を出て行く。
 この辺り、特に打ち合わせていなくても普通に対応してくれる二人の存在は貴重よね。
 このままどっかであの馬鹿を打ち首にしてくれると楽なんだけど、等と割と酷いことを
考えてみたりとか。
 しかしさてこれで日直の仕事も委員長としての責務も果たしたし、と私が席に戻ろうと
した矢先、ドダダダダッという足音が廊下に響く。
 そして。

「意義ありっ!」

 ガラッと教室の扉を派手に開けて、被告が戻ってきてしまったのだった。ああ、頭痛い。

「ごめーん、逃がしたー」
「面目ない」

 続けて、南波と草刈が後ろの扉から戻ってくる。
 まあ仕方ないといえば仕方ないわね。本気で拘束する事も出来ないでしょうし。
 という訳で、続行。何をかと言われるとよく判らないけど、とにかく続行。何かを。
 で、今目の前には、教室の扉を開けてズビシッとこちらを指差した早乙女が居る訳だが。

「裁判長、今の判決は不当です。撤回してください! つか、しろ!」

 上告。
 いやまあ、私も我ながら今のはちょっとどうかとは思ったけど。
 でもね?

「ただいまの判決に賛同する陪審員の皆様は、挙手してください」

 瞬間、クラス全員が挙手した。
 その足並みには、少しの乱れも無かった。

「お、お前らああああっ!?」

 喚く早乙女だけど。

「いや、長引きそうだし」
「終わりそうに無いし」
「つか、諦めて早く終わらせようぜ?」
「まあ早乙女君だしー」

 審議の正否よりも、大事な物がある。ぶっちゃけ、面倒臭さ。
 民意なんてそんなモノである事を理解しておかねばいけない。
 自分に被害が向かなそうであれば、関心を持てよう筈もないんだから。
 そもそも陪審員制度って、全ての参加者が公平で真面目で私利私欲を挟まないという
性善説に依存した極めて甘ったるい制度だものね。
 陪審員を導入するこれからの裁判制度に一抹の不安を投げかける一席であった。
 ともあれ、これで二審も有罪。高等裁判所判決ってところね。

「という訳で、早乙女君は民主主義的判決に基づき、打ち首獄門ね?」

 ニッコリと満面の笑顔で告げる。

「はーい。さ、いこっかー」
「神妙にしろよー」
「うおおおっ、納得いかねえええ!」 

 早乙女は再びずるずると引きずられていった。
 どなどなどーなーどーなー。いえ、昼下がりというにはやや遅いけど。

『不当判決だあああっ!!』

 遠ざかる声だけが、聞こえていたという。





 ダダダダッ、ガラッ。

「混沌とした判決に鋼の救世主がっ!」
「打ち首獄門」

 三審。最高裁判決。
 もう本当に真っ二つにしても許されるんじゃないかしら。
 というか、もう羊羹のよーに切り捨てても許されるわよね?












 まあ、本当に打ち首に出来る筈も無く。
 早乙女達も含めて『何事もなく』終礼が終わったその日の放課後。
 何事もなかった。ええ、本当に何事も無かったの! 信じなさい!
 ともあれ、放課後。

「くそう、逆転裁判で特訓してやるっ!!」

 と、早乙女は慌しく帰っていった。
 ……確か今日の騒動は、そもそも明日の英語テスト対策のノートが原因だったんじゃ
なかったかしら? もう既に忘れてないかな、あの様子だと。
 馬鹿の運命に黙祷。
 とか考えつつ日誌を記入。なべて世は事もなし、っと。
 書き終えれば日直としての業務は終了となる。
 窓から差し込む光は既に傾きつつあり、照らされる教室は薄っすらと赤く染まっている。
 クラスの皆は早々に帰宅か部活へと赴き、人影は私のもの一つだけ。
 ――と。

「参ったな」

 カラカラと扉が開き、入ってきたのは草刈だった。

「あら草刈君、どうしたの?」

 私は小首を傾げて問いかける。
 早乙女ほどではないけれど、早々に教室を出て行ったと思っていたのに。

「ああ、まだ居たのか高田。いや、それがな」

 口元をへの字に曲げながら、何やらごそごそと机の中を弄繰り回している草刈。
 でも、そこは早乙女の机のはずだけれど。
 という事は。

「草刈君」
「んー?」
「幾ら二人が親友でも、窃盗は犯罪なのよ?」
「……いや、そうでなく」

 疲れたように顔を上げた草刈は、その理由を説明する。

「あいつ、俺のノートも一緒に持って帰っちまったんだよ」
「ああ」

 その場で写させてやるつもりであったのが、その後のごたごたで果たせず、早乙女は
そのままうっかり仕舞い込んだままバタバタ帰ってしまったという次第らしい。
 そして、それに気づいた草刈は慌てて駅まで追いかけたものの見つけられなかった、と。

「携帯は?」
「繋がらねえ。というか、電源切ったままっぽい」

 我が校でも携帯電話の普及と共に、その使用のルールが一応制定されている。
 校内では電源を切る、というのを早乙女は守っているらしかった。
 出ても、そのまま忘れてるっぽいけど。
 机の中を調べ終えた草刈は溜息を吐く。

「……やっぱねーな。テストが明日じゃなきゃ、問題なかったんだけど」
「自業自得ね」

 日誌を書き終え、パタリと閉じた。
 これで本日の業務はおしまい。

「せっかく取ったノートを人に貸してふいにするなんて、お人よしなのよ」

 突き放してそう言ったのは、半ば本心。
 もう半分は、ちょっとした意地悪。
 さて、どうするのかしら? 私もノートはきちんと取ってるんだけど?
 興味本位で見守っていると。

「まあ、確かに自業自得だな」

 苦笑してさっさと自らの鞄を取りに行ってしまった。
 ちょ、ちょっと……それでいいの?
 もう諦めちゃうなんて、思い切りが良すぎない?
 ここにもう一冊ノートがあるんですけどー?

「じゃあな、高田。また明日」

 そんな私の葛藤を余所に、手を振って通り過ぎて行く草刈。
 ええと、どうしよう。なんというか、こう、どうも、ねえ?
 調子狂うわね、ああ、もう。

「ちょっと待ちなさい」

 溜息を吐いて呼び止めると、今しも扉に手をかけていた草刈が、不思議そうにこっちを
振り向く。
 手招きをすると、ひょこひょこと寄って来る訳ですが。

「どうした? ああ、日誌、職員室に返しとこうか」

 と、私が書き終えた日誌を小脇に挟んで持っていこうとしたりする。
 いえ、そうじゃなくて……
 ……ああ、もう。
 溜息をもう一つ吐いて。
 夕焼けに赤く染まった机の上に、自分のノートを開いて差し出した。
 まあ、今日は南波と一緒に色々と助けてもらったし。
 別に嫌という訳じゃないし。
 その、特別な事じゃないわよね、このくらい。ノートを見せるだけだから。
 
「いいのか?」
「別に良いわよ。写すなり、コピーを取るなり好きになさいな」

 そう言ってあげると。

「すまん助かる。写させてくれ」

 言って、草刈はニッと笑った。
 何故かその顔を見ていられず、ついと視線を逸らして窓の外へと視線を向ける。外は
夕焼け。ああ、夕暮れの世界が赤い。赤くて良かった。たぶん、気づかれてない筈。
気づかれてないといいなあ……
 草刈がノートの写しを作り始めた、その一つ横の机に腰掛けて、ゆっくりと作業の終了
を待つ。

「ちょっと時間かかりそうだ」
「ごゆっくり」

 シャープペンシルの走る微かな音を聞きながら、私は赤く染まった教室をただ漠然と
眺めていた。
 いつもなら、手持ち無沙汰なのは時間の無駄だと思うのだけれど。
 まあ少なくとも、悪い気分じゃ無かった事は認めてもいい。










 ……ところでね?
 ノートを真面目に写している草刈は気づかなかったみたいなんだけど。
 しばらくして、大変よく知っている声で――

「ういーすWAWAWA忘れ物〜、というか逆だけどグエッ!?」
「しー。今、いいトコだから入っちゃ駄目!」
「く、首っ、首が! まさか打ち首でなく、絞殺……っ……グ、エ……」
「……あ、締めすぎちゃったー。ま、いっかー」

 ――なんてやりとりと、何かを引きずって行く音が聞こえたちゃったりしたんだけど。
教室の扉の向こうから。
 どうしたものかしらね、私。
 早乙女に貸した草刈のノートが帰ってくれば、もうノートを写させてあげる必要は
ないんだけど。

「……ま、いっか」
「ん? 高田、何か言ったか?」
「いえ、別に」

 もうちょっとだけ続けてもいいかな、と思ったから。
 そのまま大人しく隣に座って待つことにした。





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