はや我汽車は離れたり
権兵衛党
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“Ladies and gentlemen,welcome to the SHINKANSEN. This is the KODAMA――”
窓の外の風景は駅から市街地へと静かに滑り出し始める。
俺は座席に深く腰を沈めつつ、隣の席からの声に応じていた。
「ええと岡山を出たから次は――『相生』だって」
「はあ」
「ところでこの駅は何て読むのかな。アイウ?」
「さっき岡山を出ますと次はアイオイに停まりますって言ってましたよ」
この世に新幹線という、青と白のストライプもしくはツートンカラーな乗り物が出来て
からはや幾星霜……とまでは行かないにしても、少なくとも俺が産まれる前から走ってい
るのは間違いない。
そしてその年月の移り変わりの中では、人の意識も変わっていくのはやむを得ないだろ
うと思う。
つまり最速の列車が『ひかり』から『のぞみ』に移り、700系と呼ばれる形式の車体が
ビュンビュンと往復する今日では、一応は新幹線であるとはいえ各駅停車の『こだま』を
速いとは全く感じられないのである。むしろ遅い。凄く遅い。
実際には在来線の各駅停車の方がよほど遅いのだが、なまじ新幹線といういかにも早そ
うな定義に括られている為かその遅さが酷く気にかかる。ゆえにあまり乗る気がしない。
他の連中がどう感じているかは知らないが、少なくとも俺にとってはそうだった。
そもそも速いのがウリの新幹線で、途中の駅に用のない者があえて各駅に乗る理由が
あるだろうか。ひかりにだって自由席はあるのだから値段も一緒だし。
だから、俺があえてこだまに乗ってるのには訳があって――
「……おお。公クン、あそこの山の上に何か無闇に怪しげな病院みたいな建物が」
「あれは確か、何とかいう大学です。看板出てませんか?」
――つまりこの、いい歳してべっとりと窓に張り付いているやたらと無邪気な従姉妹の
世話をおおせつかってしまったからだった。
この決定事項を告げられた時の、当人からの携帯での第一声が「喜べ、年上の(自称)
美人おねーさまとのランデブーだぞ」だった辺りから既に何か諦めておくべきだったのか
もしれない。ちなみに(自称)というのは俺の付けた注釈ではなく、本人が極めてナチュ
ラルに「カッコ自称カッコ閉じ」と発音したものを尊重し、変換して記憶しているだけで
ある。
事実として整った顔立ちだと思うし、ハーフフレームの軽い眼鏡がよく似合っていて、
ついでにその胸元のふくらみのほどが青少年には目の毒でゲフゲフ。
それはさておき。
何の気まぐれだかあえてのぞみもひかりもスルーして、こだまに乗り込んで広島からは
るばる新大阪への旅路である。岡山を過ぎたばかりなので先はまだ長い。
基本設計を1964年の新幹線開業にまで遡る0系の車体は最新の技術の粋というよりも、
もはや懐古の念を引き起こし、そんな記憶などないのに「むかし、まだ新幹線が無かった
頃にはのう……」などと見て来た様なウソ昔話を語りたくなってきたりする。
いや、やらないけどねそんな事。
「公クン退屈? じゃあ、昔話したげよう。むかし、まだ新幹線が無かった頃にはさー」
「はい、ウソ話却下」
あんたも新幹線出来てから産まれた口でしょうに、と反射的にダメ出ししてから考える。
……この人実はエスパーだったりせんだろうな。それとも0系こだまなどに乗ると皆
ウソ昔話がしたくなるものなのだろうか。わが家の血がそうさせている、というのはあまり
考えたくないんだけど。こだまに乗ると昔話をしたくなる血統? なんてしょうもない
血筋だ。
しかし退屈していたのは紛れも無い事実だったので、与太話をする事には問題ない。
横で「むー、可愛くない。昔はもっと可愛かったのにー」などと呟いているおねーさま
の方に向き直る。
「で今更ですが、何でこだまなんですか?」
こちらから話しかけると、長い髪を揺らして振り向いたその顔が微笑んで、ちょっと
ドキッとする。どういう訳かいつまでたっても慣れない。
「んー、だって新幹線って言ったらやっぱコレじゃない?」
コレを指し示す様に両手を振り回すおねーさま。
鷹島香代という名を持つ一応二十代の女性の筈だが、一緒に居ると時折その事実を忘れ
ることがある。まったく、身体だけ成長しおってからに。それとも俺の前でだけこうなの
だろうか……というのは自意識過剰だなきっと。
ともあれ、コレというのがこの0系の丸っこい車体を示してるのは理解できる。
新幹線と聞いてポンと思い浮かぶ特有の先端部はこの0系か100系の車体のもので、
以降300系、500系、700系と進むに連れどんどん新幹線というよりは何か鋭角な近未来SF
電車的に進化を遂げていっており、かっこよさは増したが「らしさ」は減った感がある。
新幹線開通を目の当たりにした世代にとっては新幹線自体が未来電車であったろうし、
300系就航以降、特に700系を見慣れた世代にとっては新幹線といえばあのカモノハシを
示すのだろうが、俺よりもちょっとだけ上の世代のおねーさまにとっては昔ながらのこの
丸っこい先端を有するモノが『本物の新幹線』と認識されている様だ。
とはいえ、時代の流れでもあるし、移り変わっていくのは仕方ないと思うけれど。古い
形式の車両は最高時速も遅いし、耐用年数の問題もある。なまじハイテクを駆使してる
だけに、SLの様に製造後100年たっても走行可能とはいかない。たぶん。
現にこの車両だってかつてのままではない。
「……緑色ですけどねこいつ」
「くう、それが惜しい! 何で青白ストライプじゃないんだか」
形はたしかに昔ながらの新幹線だが、配色が違うのである。クリーム色というよりも
むしろネズミ色に近い地に濃淡二色の緑の配色。
確かもうすぐ全線で運転終了になるその前に、かつてのカラーリングに戻した車体が
何本かだけ運行されると聞いているが。
残念がって大げさに悶えるのを横目に座りなおす。
旧式ながら高速鉄道車両だけあって、身体に感じる振動は在来線のものとは少し違う。
まるで今にも離陸しそうな響き。
真昼のこだまには客もちらほらで、ゆったりとした空気が流れていた。
「それにしても香代姉さんがそんな鉄道好きなんて、初耳ですけど」
どちらかというなら、最新の車両などを「おおー……」と感嘆符と共に眺め回した挙句
「……で、コレどう変形するの? やっぱ腕の部分?」などと真顔で聞かれそうなイメージ
があったのだが。
尋ねると上を向いて腕を組み、むーと唸った挙句にこう応えた。
「別に電車が好きな訳じゃないんだけどね。可愛いから」
「ああ」
確かに後継車両に比べれば鋭角的でない分、可愛いのかもしれないが。でも俺の感覚と
しては、あんまり車両に可愛さを求める気はしないけどなぁ。
そういえば昔、幼稚園児の頃。おねーさまの家に置いてあった車のレース漫画に勝負で
勝つと主人公の車に刻んだ星を一つずつ増やしていくという設定があったのだけど。
……その車体の星マークが全て白で塗りつぶされ、代わりに小さなネコ肉球スタンプが
ちまちま押してある巻があったっけなあ。持ち主の伯父さんがもの凄く悲しそうな顔をし
て眺めてたのが印象的だったので今でも覚えている。
そして今の台詞を鑑みるに、あの肉球を刻んだロータス・ヨーロッパの頃からの可愛い
もの好きとその方向性のずれっぷりは健在であるらしい。その意味では新幹線先頭部に
ネコのヒゲなど落書きして捕まったりしてないだけマシなのかもしれない。
「……公クン、今、何かとっても失礼な事考えてなかった?」
「いえ、別に」
単なる事実と実績に基づく考察です。
それはさておき。
香代姉さんといっしょに居ると脱力感とか微苦笑的な感情を四六時中感じるのだが、
それでもこうして二人並んで座席に座っていると、それとは別に多少は心が浮き立つ部分
もある。
何だかんだいって嫌いではないし、あまり深く考えたことないし一生モノの不覚という
気もするが、俺の初恋の人って実はこの人だったのではないかという節もあるし。
……し、仕方ないだろ、物心ついた時には既にこの人隣に居たんだから。不可抗力だ。
と、いかん。あんまり意識してはいかんぞ俺。平常心、平常心……
「ホントにー?」
「え……って、わあ! 近い、近いよ姉さん!」
言った端から平常心どころではなかった。
眼鏡レンズの向こうからむーっと疑わしげに至近で俺を覗き込むおねーさま。
うわ、胸が、胸が俺の腕でふかっと!
あなた自分が青少年には目の毒なパーツ満載してるバディだって理解してますかーっ!?
慌てて離れようとしても、身動き取れないし。引っぺがすべきなんだろうけど、その、
感触があまりにも……くっ、弱いぞ俺。
身体が硬直したまま、みるみる顔面に血が昇っていくのが判ってしまう。
落ち着け、落ち着くんだ俺。平常心を保つんだ、般若心経を唱えて……ってそんなもの
暗唱してネェよ! 健全な学生として法事の時の記憶なんて「窮屈」とか「脚が痺れた」
とか「魂のビートで木魚乱打希望」とか「香代姉さん、意外に黒い礼服姿が艶めかしい」
とかそんなんばっかだし。というか、今そんな煩悩塗れの記憶を思い出すんじゃない、俺!
逆効果だ! しかし胸の感触があああああ。
「――うん? 公クンどうかしたの?」
「ぅえ!? あ、いや、えと!」
い、いかん不審に思われた。
何か言わないと。え、ええと……
「く、黒が似合いますね!」
「へ?」
って、違う!
それ脳内の方!
まったく意味不明じゃないか錯乱するな俺。……あれ?
ふと我に返ると、しばしきょとんとしていた姉さんの顔が驚きの形に。心なしか、
ほんのり顔も赤くなってないか?
何故かそそくさと身体を離し、もじもじとこちらを伺う香代姉さん。なにごと?
そして何故か上目遣いに恥らいつつ。
「み、見たの……?」
「何を?」
脳みそが停止してるタイミングで事態が急変したので、皆目見当がつかず素で返す。
俺が一体、何を見たと?
「何をって……その、黒のレース……」
「くろのれえす?」
待て、落ち着け。
もう一度状況を整理して見よう。
@頬を染めて「見た?」と訊ねる香代姉さん
A両手でぎゅっと胸を押さえる仕種
B黒のレース
…………待て。ひょっとして。
まじまじとおねーさまを見てしまう。
今の今まで、艶気のある話なんて欠片も聞いたことなかったのに……
見詰めると真っ赤になって慌ててぶんぶんと手を振り回す。
「待って違うの! 出来心なの! 鷹子達があんまり下着に色気がない色気がないって
言うから、つい! それにせっかく買ったのに使わないと勿体無いし!」
自分でどんどん自白していくおねーさま。
嘘発見器は生涯いらない人種だなこの人。
勢いで買ってしまった上下そろいの黒レースな下着でこっそり一人ファッションショー
をして見た件なぞ、興味を惹かれないでもないが。むしろ激しく見て見たいが健全な
青少年として。
しかしそろそろ止めないと拙いな。新幹線の中だしなぁ。
「恥ずかしいけど誰かに見せびらかして見たくもあったし! でも見せる相手もいないし!
でもでも公クンになら――あわっ!?」
おっと、こっちで止める前に停まった。
慌てて自分の口を両手で押さえて口封じを敢行しておる。理由はよく判らないが。
何か不穏当な事を言いかけていた気もするけど、とりあえず深く考えないでおこう。
相方がパニックに陥ったので、こっちはすっかり冷静である。
それはさておき、誤解は解いておかないと。
自分で抑えておいて息が詰まったのか目を白黒させているおねーさまの前で控えめに
挙手をして。
「スミマセン、誤解です。俺、見てませんから」
「――誤解?」
セルフ悶絶しかけていた状態からピタッと動きが止まる。
そしてギギギという感じで首が動いて上目遣いにこちらを伺う香代姉さん。
その視線に対して「うん」と一回頷いて見せた。
しばし固まった挙句に。
「――――自爆。ショッカー軍団ばんざーい、ちゅどーん」
謎の自爆ボタンを押すジェスチャーを残して香代姉さん討ち死に。
しばらく死んでいたという。
“まもなく相生です。お出口は――”
車内放送がのんびりと次の駅がもうすぐである事を知らせていた。
/
「ち、ちゃんと可愛いのも持ってきたんだよ? ほらっ」
「だああ! その純白を出すな! 広げるな! びよんと伸ばすなああっ!!」
後書
今作は一次創作の小話ですが前回前々回の話と時間的人物的つながりはございません、
と最初にお断りを申し上げます。
今回、短い話(テキストにしてほぼ10kb丁度程度)を書くに辺り三題話にしようと某所
でお題を求めたところ、とある勇者様がお題を下さいまして。
「純白」「黒のレース」「青と白のストライプ」
という訳でそれを元に構成いたしました。
出題者の意図が 青白ストライプ=新幹線 であったかどうかは保障しかねるところで
ございますが。
ともあれここまでお読みいただきありがとうございました。
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